築館簡易裁判所 昭和46年(ろ)14号 判決 1972年2月24日
被告人 新井田文人
昭一一・一〇・一九生 農業兼自動車運転手
主文
本件公訴を棄却する。
理由
一、本件公訴事実は
(本位的訴因)
「被告人は法定の除外事由がないのに昭和四六年一二月五日午後一〇時ごろ、栗原郡栗駒町尾松字稲屋敷下坂下三四番地交差点に普通乗用自動車を停車させたものである。」
(予備的訴因)
「被告人は昭和四六年一二月五日午後一〇ごろ、普通乗用自動車を運転し、前記交差点を鶯沢町方面から岩ヶ崎方面に向け左折しようとしたが同所は公安委員会が道路標識により一時停止と定めた場所であるから、これにしたがつて一時停止し、左右の安全を確認して左折進行すべき義務があるのに、先行する僚車に気をとられ、漫然交差点の中心を超えて進出した過失により、左方道路から進行して来た高橋善信運転の軽乗用自動車と衝突するに至り、もつて道路および交通の状況に応じ他人に危害を及ぼさないような方法で前記自動車を運転しなかつたものである。」というのであり、罰条として本位的訴因につき道路交通法四四条、一一九条の二・一項一号、予備的訴因につき同法七〇条、一一九条一項九号、二項があげられており、右訴因は道路交通法一二五条一項所定の反則行為に当る。しかして、後記のとおり本位的訴因である停車違反の事実が認められる。
二、検察官は、被告人は右反則行為をしよつて交通事故を起したものであると主張するのでこの点について考察する。
1 同法一二五条二項四号は当該反則行為をし、よつて交通事故を起した者を反則者から除外しているが、これは反則行為をした結果交通事故を起した者の危険性等を考慮し、反則制度の適用から除外する趣旨であると解し得られるところであり、同条にいう「よつて交通事故を起した者」というのは、反則行為と交通事故との間に因果関係の存する場合を指すと解するのが相当である。
2 (証拠略)を綜合すると次のような事実が認められる。
被告人は前記日時ころ同僚の自動車に追従し、鶯沢方面より進行し交通整理の行なわれていない前記交差点に差しかかつたが、同交差点の入口に一時停止の標識があつたので一時停止をして同交差点に進入した。被告人は同交差点を左折して岩ヶ崎方面に進行する予定であつたが、同交差点を金成町方面に直進進行して行つた前記僚車(僚車は左折しないで直進することになつていた。)に同地点で別れる旨の合図をするために、交差点の中心点より若干金成町方面に進出した交差点内の地点で停車し、警音器を数回(三、四回ないし五、六回と思われる)鳴らしたがその時間は約三秒ぐらいのものであつた。被告人が同地点に停車した当初同交差点に進入してくる車はなかつたが、警音器を鳴らした直後左方道路(岩ヶ崎方面)より交差点に進行してくる高橋善信運転の自動車を発見した。同車は交差点の手前で他の車輛を追い越して被告人車に向つて時速約五〇粁の速度で進行し、被告人車の直前で気付いてブレーキをかけたが、スリツプして停車していた同車の左前車輪のあたりに衝突し、被告人車を破損(高橋車も破損)し、築館町方面に移動させ、被告人はその衝激により車外に放り出された。高橋車は衝突現場近で一旦停車したがただちに築館町方面に逃走した。高橋は当時飲酒しており、その身体におけるアルコール保有量は呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上を保有していたこと、高橋車進行の道路は時速四〇粁の速度制限道路でかつ、追越禁止道路となつていて、同人はそれを充分知つていたこと、当初は小雨が降つていて路面がすべり易い状況にあつたこと、被告人車の前、後部は高橋車が直進通行するに差支えない程度の余裕があつたこと等の事実が認められる。
右のように被告人車が停車した時間は夜間ではあるが、停車した当初は同車に接近進行する車輛はなく、停車時間もほんのわずかの時間で、しかも被告人車を発見する直前までは警音器を鳴らし続けていたものである。一方高橋の側についてみると、追越禁止、時速四〇粁制限道路をこれに違反して他車を追越し時速約五〇粁で進行してきたこと、同人は当時飲酒していて注意力が散漫になつており、前方注視が充分でなかつたことが認め得られる。(高橋の検察官調書によると、同人は被告人車は停車していず進行していた旨供述しているが、被告人の供述、衝突地点、衝突後の被告人車の移動状況等からみて、右供述は信用できず、同人がそのように誤信したということは注意力が減退し、前方注視が充分でなかつたことの証左であるといえる。)
このようにみてくると、本件交通事故は一に高橋の無謀とも思われる前記運転行為に起因すると断定せざるを得ず、被告人にもその原因があつたとはとうてい認められない。被告人車が前記地点に停車しなかつたら本件交通事故はあるいは発生しなかつたであろうといえるかも知れないが、結果に対しなんらかの原因関係をなしていたというのでは道路交通法一二五条二項四号にいう「よつて交通事故を起したもの」すなわち反則行為と交通事故との間に因果関係ありとすることはできないものと解するのが相当である。
三、検察官は予備的訴因をもつて、本件は道路交通法七〇条、いわゆる安全運転義務違反が成立すると主張するが、本位的訴因である停車違反の事実が認められる本件にあつては予備的訴因については判断の限りではない。
四、ほかの被告人に対しては道路交通法一二五条所定の非反則行為者に該当するとの資料がなく、また同法一三〇条但書各号に該当するとの資料もない。
五、したがつて、本件公訴事実については被告人に対し道路交通法一二五条一項所定の反則行為者として同法一二六条、一二七条、所定の告知、通告手続がなされたうえなお一三〇条所定の条件をみたしたうえでなければ公訴の提起ができないというべきであり、本件公訴手続は右規定に違反し無効というべきであるから刑事訴訟法三三八条四号により主文のとおり判決する。